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安住録

未来を照らすための過去

なにを書こうとしたか忘れた

自分

 なにを書こうとしたか忘れた。その上「なにを書こうとしたか忘れた」という内容の記事をさっき全消ししてしまった。ごーんごーんごーん。諸行無常の響き。

 

 最近本当に海馬が仕事をしない。あれ、海馬だっけ? 記憶を司る脳の場所。私は脳機能があれしてしまってる人間なのでもうそのあたりは諦めるしかないのかもしれないけど、なんだなんだ、どうした、と思うくらいには記憶する力が弱くなっていってるのを感じる。

 人との会話を覚えていられない。そもそも人と接する機会が少ないので、会話する数もかなり少ない。それなのに、どんな会話を、誰と、いつしたのか、覚えていないことが増えた。もしかしたら記憶していたくない類の記憶で、無意識に記憶していないのかもしれないけど、結構危機感をおぼえるレベルで覚えていない。なんなんだこれは。

 

 その点SNSっていいよね。相手が消しさえしなければ「記録」が残るんだもん。

 

 診察とか、大事な会話は「記録」として残していかないといけないかも。すずめちゃんよろしく、ボイスレコーダーを装備しようかねえ。

3月の映画キロク

映画

 今月はたくさん観ました! わーい!

 

公開中
  • 『LA LA LAND』(3.1)
  • 『彼らが本気で編むときは、』(3.14)
  • 『雨の日は会えない 晴れの日は君を想う』(3.15)
  • 3月のライオン 前編』(3.18)
  • 『愚行録』(3.21)
  • ひるね姫 〜しらないワタシの世界〜』(3.22)
  • 『Moonlight』(3.23*1
  • ひるなかの流星』(3.24)

 

 どれもこれも素晴らしくて、観る映画に恵まれた1ヶ月でしたが、特に良かったのが生田斗真主演『彼らが本気で編むときは、』です。『かもめ食堂』『めだか』などで知られる荻上直子監督の最新作で、トランスジェンダー/ネグレクトを扱った作品でもあります。生田斗真さんがMtFを演じているのですが、本当に美しい……! 生田さんって結構がっしりした体格だと思うんですけど、ある点ではそれを活かしつつ、全体としてはとてもしなやかなふんわりとした女性としてそこに存在していました。びっくりした。あと、タイトルにもなっている「編む」ということがまさかそんな……! という意外性もありました。なによりも邦画でここまでLGBTに踏み込んだ作品というのが新鮮でした(私の経験が浅いだけかもしれませんが)。本当に観て良かったなあと思う作品。もう公開から1ヶ月が経って、上映が終わってしまった映画館もあると思うのですが、もし機会があればぜひ観てください。

 それから『愚行録』もひっじょーに良かったです。鑑賞翌日、原作本も購入して読んだのですが「これをこう映像化するのか…なるほど…」と思い出しながら楽しむことも出来ました。妻夫木聡さんの危なっかしさや、満島ひかりちゃんのぎこちない表情、小出くんの清々しいまでの自己中心さ、最高でした。全員怪しい、全員愚か。かなり後味の悪い話ではありますが、客観性をかなり大事にしているようで、「もっていかれる」ことはなさそうだなと思いました。この作品は多分原作読んでても映画を楽しめる。

 

旧作
  • 『あと1センチの恋(Love, Rosie)』
  • 『きみはいい子』
  • 『百円の恋』

*1:Filmarks試写会にて

#キスと隔世

自分

キスと隔世。

 

 私は中学生頃から寝つきが悪かった。そのわりに朝はすっと目が醒めるので、きちんと朝ごはんを食べてから、当たり前のようにドタバタと支度をするのだ。あれがないこれがないとわたわたしながら教科書やノートを入れ替える。母がすべて手作りしてくれる、冷凍食品ゼロのお弁当を食べるのが毎日の楽しみだった。あの頃は母の愛情を確かに感じながら過ごしていて、その実感はついこの間まで変わらないはずだった。

 

きすとかくせい。

 

 母が口をきいてくれなくなった。私がADHD疑いを告白してから、ちっとも。実家に帰ると言っても、誕生日おめでとうと言っても、返ってくるのは「既読」だけだ。実家にいるときは朝の挨拶すら無視されてしまう。どうしたらよいのか分からない。そもそも理由が分からないのだ。決定的な理由がなんなのか、どこにあるのか、私も父もさっぱり分からない。いままでも怒らせてしまって口をきいてくれないというのはあったが、もう4ヶ月以上その状態が続いている。父の頭には500円玉サイズの円形脱毛ができた。いや、これは私が迷惑ばかりかけているせいでもあるが。

 

ちゅうとかくせい。

 

 ともかく、どうしたらよいのか分からない。母とはADHD発達障害について話をしたことはなかったから、彼女がそれらに対してどんな認識をもっているのかが分からない。もしかしたらかなりマイナスのイメージをもっているのかもしれない。責任を感じているのかもしれないし、「母の育て方が悪かったからだ」と非難されている気分になっているのかもしれない。そんなことは言っても思ってもないのに。私はただ、"自分がいま自分について考えられること"を家族と共有したかっただけなのだ。

 

中途覚醒

 

 母と話がしたい。また一緒に笑いながら、テレビを見たり旅行をしたりしたい。面白かった映画のことを力説したりもしたい。私は母が好きだ。そりゃあ、どうしようもなくイライラしたり話したくなかったりすることだってある。人間だもの。だけど、やっぱり好きだと思う瞬間にはそうした負の感情はどこかへ吹き飛んでいるのだ。理屈じゃなく、それはもう自然なこととして、母のことを好きだと感じるのだ。

 

 母と話がしたい。なにがいけなかったのか教えてほしい。どうしたらよいのか教えてほしい。そんな思いがぽつりぽつりと浮かんでは消えていく、中途覚醒の夜。

シュガードロップシンドローム

 昨日の朝、早朝覚醒したときに頭のなかに思い浮かんだことば。「シュガードロップシンドローム」、意味はよくわからない。わからないけど、なんだか私にとってとても心地いい響きで、二度寝から目覚めたあとも忘れないようにとメモしていた。ことを、いま思い出した。

 シュガードロップシンドロームってなんだろうな。「ドロップ」ってそもそも甘いものなのに、さらに「シュガー」を添加するのかしら。しぬほど甘そうで、想像しただけでウッとなる。私は甘いものが苦手だ。「パンケーキを食べにいこう」と言われて、食事向けにアレンジされたダッチベイビーを食べるような女だ。今でこそある程度は甘いものが食べられるようになったが、高校のころは甘いもの嫌いがよりひどかった。大学生になっても女子大生らしい遊び方なんてできないと思っていた。頻繁ではないにしろ、そういう遊び方もそれなりにすることができたので味覚の変化には感謝している。

 

 なにが書きたいんだろう。とりとめもない話をしたかったのだとおもう。

 

 シュガードロップシンドローム。甘い甘いものを渇望してしまうのは、私もそうなのかもしれない。ああ、砂糖菓子みたいに優しく甘いお砂糖みたいな空間に包まれたい。

卒業

自分

 高校時代つるんでいた友人たちや、研究室の同期たちが色とりどりの袴に身を包んだ3月、私は青いストライプのシャツを着てカメラを構えていた。

 自身の"管理不足"から先延ばしになったそのカラフルな儀式を目の当たりにしたとき、私は想像以上に劣等感に包まれることとなった。

 私はまだこの劣等感ときちんと向き合えるだけの器をもっていない。劣等感をよりつよく感じさせてくる人びとを恨み、妬み、「奴らはひとの痛みに気付けないのだ」と蔑んで、安心している。

 

 私はもうずっと、ひとを受け入れないことで自分を受け入れてきた。

 中学時代、私は同級生男子からいじめられていた。その頃は「やつらは私よりもずっとずっと知能レベルが低い、だから正しいことをしている私が理解できないのだ」と思うことで、不登校にも保健室登校にもならず、奮闘していた。思えばあの頃、負けていれば、屈していれば、なにかが変わったのかもしれない。なんて、くだらないタラレバ話だけど。