安住録

未来を照らすための過去

先週から、土日は東京で引っ越し作業をしている。

わたしはニートなのでそこまでしんどくないのだが、平日働いてる親がすごくかわいそう。かわいそう…ごめんなさい…って思いながら車に乗ってる。

 

収集癖、捨てられない病、片付けられない病のおかげでかなり時間がかかってしまうけど、とりあえずモノの選別は粗方終わった。実家の限られたスペースにどう収納するのかわからないけど、まあそちらはいくらか時間をかけられるのでよしとする。自分が狭いだけだし。

冷蔵庫や洗濯機などの大きいモノたちもリサイクルショップのひとに運び出されていって、あとは売れなさそうなものたちがいくつか残っている。ロフトベッドの解体がちょっとしんどそうだけど、それさえしてしまえば不用品廃棄のひとが運んでくれるので、がんばろう……。

東京で作業をするのは土日だけだけど、実家での荷ほどきを平日にするので、とてもバタバタしている。先週はもうポンコツで、いっきに片付けようとしてしまって1日しかまともに動けなかった。今週はいっきにやろうとせずに、ひと箱ずつ、なんなら半箱ずつでもいいから進めていけたらいいんだけど。まあそんなことができたらいままで苦労してないんですけど。がんばります。今日ちょっとがんばっちゃったのでびくびくしてる。

 

片付けをしていて、改めてCLAMP関連のモノがかなり多いことを知り、笑ってしまった。最近はそこまで頻繁に買ってはいないのだが、高校卒業までに蓄積されたものがすごい。いや、大学に入ってからもCCさくら20周年とか、なかよし60周年とかがあったのでまあまあ買ってます。たのしい。CLAMPグッズを収納するためのケースを買わなければならない。場所がない……。

9月の映画キロク

 あっという間に9月が終わってしまいました。今月は前半にたっぷり観て、後半はのんびりといった感じでした。そして、劇場・旧作あわせて、今年観た映画が100本になりました! わーい!

 さらに、TOHOシネマズのシネマイルがもうすぐ6000になるので、そのうち一ヶ月タダで映画が観られるようになっちゃいます。やったネ!

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なにも問題がなかった高校時代に戻りたいなあ。

 

なにも問題がなかったというのはさすがに嘘だけど、毎日が楽しくて、いろんなものがキラキラして見えて、勉強も好きで、自分の存在意義なんかもそれなりに感じていた。充実していた。気がする。

大学に入ってから付き合いができた大切なひとたちとのつながりはなくしたくないけれど、大学に入ってからのわたしは良いところがまるでなくてしんどい。バイトをしていた頃のほうが、まだ自分に自信があったかなあ。

 

東京のあこがれは消えない。一度住んだからこそ、やっぱり東京はすごいと思うことがたくさんある。エンタメも医療も、そこに住んでるひとたちとの出会いも。

ひとりぐらしじゃなく、寮生活を選んでいたらなにか変わっていたのだろうか。発達障害を自覚するのが遅れただけかもしれないな。

あれだけ不真面目な受験生だったんだから、いっそ落ちてしまえばよかったのに。

そもそも自分の学歴コンプレックス、兄コンプレックスがなければ、東京でのひとりぐらしなんて選ばなかったかもしれない。

校区の中学を選ばなければ、異父兄妹じゃなければ、・・・

 

if*1がとまらない。

*1:ギャグではない

大学に電話した。大学職員にいい思い出がなく、わりと緊張していたのだが、対応してくれたひとは優しかった。休学というのはやはりセンシティブな話題なのだろうな。休学届は金曜には必要だという。昨日の時点で木曜に父と一緒に行く予定を立てていたので、なんとか間に合いそうだ。診断書は間に合わなければ郵送でよいとのことだったが、忙しい中主治医が頑張ってくれて、夕方ごろ書き上げたとの連絡が入った。本当にありがたい。良い先生だったなあ。ドタバタして申し訳ないなあ。自宅からも大学からも近くて、初診がすぐに予約できて、先生もやさしくわりと長めに話を聞いてくれるひとで、無料の送迎バスもあって、私の症状にも対応できる病院があるというのは、本当に本当にありがたいし恵まれていたんだな。

転院先探しが難航している。とりあえず明日二件ほど電話をかけてみる予定。探しているとき、やっぱり車社会なのだなあとなんともいえない気持ちになった。最悪、ADHDの専門でなくても、お薬がもらえればいいかなあとおもう。いま深刻なのはどちらかというと二次障害のほうだしな。

家族会議をした。私が過呼吸ちっくになって喋らずにいる間に、父と母が言い争うとか、まあ、大変だった。父も母も私のことを考えていてくれてるのがわかるので、なおさら申し訳ないきもちになる。23歳にもなってまだ進路をスパッと決められない私は、だめなやつだなあと思う。それでも私はいちばん良い選択をしたと思ったのだ。半年で卒論を書きあげて2単位確実にとりきる、というプレッシャーに、いつどんなふうに負けるかわからない。もしかしたら他の要因でなにか落ち込むかもしれない。そうしたら、また回復を待って、それからなにかをはじめて、時間もこころもたくさんつかう。だったらもう半年休むと決めて、そのあいだに働けるようになったり、ひとに会えるようになったりしたいのだ。どうせ留年するなら、休学するのなら、わたしは、モラトリアムを有効活用していきたい。